基盤研究(C)(一般) 課題番号:19K02989
国家再エネ100%を目指す専門人材育成のための工学教育プログラムの構築

研究代表者:佐川正人(釧路工業高等専門学校 電気工学分野)
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概要
 再生可能エネルギー(再エネ)普及のためには,エネルギー自立を目指し,究極的には「国家エネルギーの再エネ100%(国家再エネ100%)」という大胆な目標が考えられる.現状,目標達成は不可能であり,一気に国家再エネ100%の展開ではなく,小集落・家庭単位から着実に再エネ100%の普及をコ ミットする必要がある.目標達成には,国連開発計画の「エネルギーをみんなに,そしてクリーンに」も視野に入れた,エネルギーの利用・生産の知識を持つ専 門人材の育成が欠かせない.
 一方,内閣府科学技術政策にある「Society5.0」のように,再エネ人材の育成について,知識や情報が共有されず,分野横断的な連携が不十分とい う問題がある.
 この解決のため,本研究では知見を集積し,再エネ分野に関する専門人材育成のための工学(技術者)教育プログラム手法開発を目的とする.結果,「経済発 展と社会的課題の解決の両立」という倫理観を持ち,サスティナブルに分散型エネルギーシステムを利用し,再エネ100%に取り組む地域を増加させる理数人 材,「国家再エネ100%の専門人材」を育成できる.


本研究の学術的背景
 経産省による2015年「長期エネルギー需給見通し」ではエネルギー政策の基本的視点として「3E+S」(EnergySecurity), (EconomicEfficiency),(Environment),(Safety)をもとに各種政策が立案された.さらに,2018年に閣議決定 された第5次エネル ギー基本計画において「3E+S」は「より高度な3E+S」となり,「技術・ガバナンス改革による安全の革新」などを新たに掲げた.
 これによると,2030年に実現を目指す水準として,再エネは電源構成比率22~24%と,2015年「長期エネルギー需給見通し」から倍増している. これを達成するためにはエネルギー消費の面からも目標があり,実質エネルギー消費効率35%改善という目標がある.その先になる2050年の目標に関しては,明確に「再エネで経済的に自立し「脱炭素化」した主力電源化をめざす」とある.これは「経済効率を無視した脱炭素(≒再エネ)」ではダメ,ということである.よって,社会システムを維持した再エネの利用拡大が求められ,主な方向として「経済的に自立し脱炭素化した主力電源化を目指す」 ,「分散型エネルギーシステムと地域開発」とあり,これに応えられる国家再エネ100%を目指す専門人材の育成が工学教育分野での直近の課題となっている.

 一方,電力に限らず多様な研究背景を持つ研究代表者・分担者らは高等専門学校(高専)において,この課題を踏まえ「高専再エネ教育研究会(「再エネ 100」研究会)」を次の様に定期的に開催してきたと同時に,再生エネルギー施設の見学を実施し,教育スキルを高めてきており,これらの背景は家庭・地域再エネ100%から国家再エネ 100%を目指す専門人材の育成のための教育プログラムの構築に利用できる.
●2015年9月6,7,8日 第一回高専再エネ教育研究会設立準備会
 釧路高専にて討論.見学先:ユーラス白糠ソーラーパーク,ほくでんエコエナジー飽別発電所,別海バイオガス発電
●2015年10月29,30日 第二回高専再エネ教育研究会設立準備会
 久留米エスプリにて討論.見学先:直方市石炭記念館,九州電力八丁原発電所展示館
●2016年8月18,19日 第一回高専再エネ教育研究会
 奈良高専にて討論.見学先:大和ハウス工業総合技術研究所,三菱電機受配電システム製作所中低圧直流配電システム実証棟
●2017年3月8,9日 第二回高専再エネ教育研究会
 東京高専にて討論.見学先:東京電力丸守発電所,産総研福嶋再生可能エネルギー研究所
●2017年8月17,18日 第三回高専再エネ教育研究会
 伊万里グランドホテルにて討論.見学先:九州電力豊前蓄電池変電所,佐賀大学 海洋エネルギー研究センタ
●2018年3月22,23日 第四回高専再エネ教育研究会
 八洲学園大学にて討論.見学先:クレハ環境ウェステックかながわ,八ッ場ダム工事現場
●2018年8月29,30日 第五回高専再エネ教育研究会
 苫小牧市文化交流センタにて討論.見学先:苫小牧CCS実証試験センタ,南早来変電所(大型蓄電池実証試験施設),ソフトバンク苫東安平ソーラーパーク
●2019年3月26,27日 第六回高専再エネ教育研究会
 東京都中央区環境情報センターにて討論(e2-netとの合同開催).見学先:東京エネルギーサービス,竹中工務店 竹中脱炭素モデルタウン


研究課題の核心的問い
 この専門人材育成について, 2018年7月の閣議決定では「エネルギーに関する国民各層の理解の増進」のなかで「エネルギー教育の推進」を取り組むべき課題として指摘しており,また,2050年へ向けた考えとしては,「不確実性」と「野心的ビジョン」を両立させるために,インフラ・システムの可変に対応できる人材育成が問われている.これに対し工学教育に携わる我々は,純然たる技術開発だけではなく,専門人材の育成をもって応える義務がある.
 この際,本研究では,従来の巨大な発電所などの従来型ハードウエアによる国家再エネ100%を一気に目指すのではなく,2050年までという長期的な不安定要素を包含しつつ,多様な選択肢による複線シナリオに対応でき,家庭単位や集落・地域単位からの再エネ100%を着実に積み上げられる,O&M(オペレーション・メンテナンス)を含め家庭・地域再エネ100%から国家再エネ100%を目指す専門人材の育成ができる,教育プログラムの開発を目指す.


本研究の目的および学術的独自性と創造性
●本研究の目的
 「分散型エネルギーを扱える国家再エネ100%専門人材」の育成を目指す,家庭・地域再エネ100%から国家再エネ100% を目指す専門人材の育成プログラムを開発する.これは第5次エネルギー基本計画の「野心的な複線シナリオ」に対応し,国家再エネ100%を一気に目指すのではなく,家庭単位や集落・地域単位からの再エネ100%を積み上げられる人材について育成するためである.
●独自性

 「技術・ガバナンス改革による安全の革新」に対応するため,技術者倫理の専門家を共同研究者として組み込み,技術者倫理を高度に保ちつつ,経済的に自立 し安全に再エネを扱える人材を育成できる教育プログラムを開発することに独自性がある.
●創造性
 単に「再エネ」に関する専門人材となると,一般には発電技術,発電事業や,発電手法にかかわる人材に偏りがちであるが,本研究では「実質エネルギー消費 効率35%改善」という第5次エネルギー基本計画にもとづき,エネルギー消費を抑える,という点にも力点を置く.これらを踏まえ,家庭や地域での再エネ 100%なくして国家再エネ100%は達成できないと考え,家庭でのエネルギー消費の視点を持つため,本研究では建築の研究者を共同研究者として研究組織 を組み,シナジー効果を得るところに創造性がある.


本研究で何をどのように、どこまで明らかにしようとするのか
 現行カリキュラムを踏まえ,学生に対し「再エネは国家エネルギー・インフラである」という社会的意識を持たせ,学習,問題点の発掘をさせ,ビジュアル化 し,各教員の専門性にシナジー効果を醸造し,教育プログラムを構築する.
2019年度の主な計画
 ①再エネを再認識できる,②再エネを普及させるための知見を得られる,③国家再エネ100%に漸近することを考えられる教育プログラム開発をおこなう.
2020年度以降の主な計画
 前年度に開発した教育プログラムを各高専で実施.実施後の評価改善を実施する.また国内外での状況を把握のため,ドイツの「環境首都」であるフライブル クなどにて現地調査をおこなう.
研究開発の方法(教育プログラムの構築方法)
 高専における現行の電力系のカリキュラムは発変電・送配電を主として構成されており,どちらかと言えば「知識を授ける」教育となっている.これらを骨格 にし,再エネについての知見を組み込み,「関心を持つ」「作り出す(創り出す)」「考える」「見直す」というサイクルを加え,学習を実施する.この際,知 見を有効に学び取れるアクティビティ(教材)を開発・提示し,組み合わせていく教育プログラムを構築する.また,再エネ100%を目指すのに必要な技術者 倫理,エネルギー利用効率を高める技術(たとえば建築学分野の断熱)に関する教材も同様に開発する.


本研究の着想に至った経緯など
本研究の着想に至った経緯
 研究代表者が在籍している釧路高専電気工学分野で電力系のカリキュラムは発電・変電・送電・配電を中心に実施されてきた.また,専攻科においては電力について知識のほとんど無い情報・電子系の学生に対して「エネルギー変換工学」という電力系の科目を担当していた.これは単なる「電力発電事業」にかかわる 人材育成だけであり,「再生可能エネルギーに関する専門人材」の育成という視点が欠けていた.
 一方,地域や家庭での再生エネルギーに関しては「FITの間だけで使い捨て」という意識が一部有り,国家・社会インフラという認識(責任)の視点が無 く,使い捨ての再エネは国家再エネ100%には不安定であり,倫理や「経済発展と社会的課題の解決の両立」手法も教える必要性に気づいた. 同時に国連開発計画の目標「エネルギーをみんなに,そしてクリーンに」を一歩進め,「エネルギーをみんなで,そしてクリーンに」を目指す必要があると考え た.
関連する国内外の研究動向と本研究の位置づけ
 上記を踏まえ,電気学会フェローである東京高専・土井教授(当時)を中心に再エネ教育研究会の設立準備会が2015年9月から2回開催され,2016年 度の科研費採択をもって正式に再エネ教育研究会が発足した(研究課題番号16K00983「再エネ分野におけるエネルギー自立を目指す人材育成のための工学教育プログラム構築」,研究代表者:土井淳).
 また,2018年には第5次エネルギー基本計画が閣議決定され,これには「技術・ガバナンス改革による安全の革新」という項目が付加され,本研究ではこれに対応し,技術者倫理の面からも教材に対して強化を図る.さらに「再エネで経済的に自立し「脱炭素化」した主力電源化をめざす」という趣旨に沿って考 え, 2016年の土井の研究課題に対して,本研究では「国家再エネ100%」という究極の目標を掲げており,さらに深化した教育プログラム構築となっている.
これまでの研究活動
 先に示した科研費研究課題(「再エネ分野におけるエネルギー自立を目指す人材育成のための工学教育プログラム構築」,研究代表者:土井淳)を実施してきた.結果として,「再生可能エネルギー白書(第2版)」に準じ,構築されたアクティビティが釧路高専,東京高専,奈良高専で展開され,地域再エネに関する 教材を作成した.
準備状況と実行可能性
 これまで再エネ教育研究会設立準備会が2回,再エネ教育研究会が5回開催されている.これによって再エネ教育に関する議論は継続中であり,同時に各地の 再生可能エネルギーに関する施設を視察し,研究代表者・分担者のヒューマンスキルを高めている.さらには「国立高等専門学校機構 平成30年度研究プロジェクト・研究ネットワーク形成支援事業」に応募し,建築学分野での研究者を充実させることができている.これらのように教育プログ ラムの構築には実績があり,発電事業に直接かかわる分野の研究者だけではなく,エネルギーを効率よく利用する,という観点から建築関係の研究者,そして経済性だけではなくガバナンスを保つ,という面から技術者倫理の研究者も本研究組織へさらに組み込むことにより,第5次エネルギー基本計画に即した家庭・地 域再エネ100%から国家再エネ100%を目指す専門人材の育成プログラムを期限内に構築できる.


研究遂行能力及び研究環境

●研究代表者のこれまでの研究活動
 研究者としては気候学,特に風について研究をおこない,技術者としては電気機器開発設計職に従事していた.これらを基盤として再エネ教育(工学教育)の 研究に従事している.この研究活動の結果としては次を挙げることができる.
◎工学教育に関するこれまでの研究活動としては
(1)低学年へのマイコン実習の導入-マイコンに関する体験型一貫教育に向けて-.木村知彦,新國広幸,佐川正人,羽鳥広範,松岡敏,平成24年度全国高 専教育フォーラム,2012年.
(2)高専における地域環境学習を通した技術者教育の実践と展開 : 環境問題現地研究のカリキュラム展開について(現代GP.工学教育に関するGood Practice-II).成澤哲也, 浦家淳博, 佐川正人,渡邊聖司,工学・工業教育研究講演会講演論文集,1-327 ,2008年.
がある.これらは机上の研究ではなく,実習やフィールドワークを伴う教育活動を研究したもので工学教育に関する研究遂行能力を十分に裏付けている.
◎科研費をはじめとする外部資金を用いた研究遂行能力としては
(1)釧路湿原の酸性霧に関する気候学的研究.科学研究費補助金(基盤研究(C)),研究期間: 2008年 - 2011年,代表者: 佐川正人.
(2) 冬期におけるドクターヘリの離着陸受入体制の検討.株式会社ドーコン(国土交通省北海道開発局): 受託研究,研究期間: 2009年-2010年,代表者: 佐川正人.
(3)気象計測に基づく太陽光・風力発電の導入効果の検討.豊橋技術科学大学: 平成21年度高専連携教育研究プロジェクト,研究期間: 2009年-2010年,代表者: 佐川正人.
(4) 北海道知床半島に吹走する強風「羅臼だし」に関する気候学的研究.(財)日本科学協会: 笹川科学研究助成,研究期間: 1998年-1999年,代表者: 佐川正人.
がある.特に(1),(4)は現地調査の成果であり,現地調査を伴う研究について十分な研究遂行能力がある.
 研究分担者としては
(5) 再エネ分野におけるエネルギー自立を目指す人材育成のための工学教育プログラム構築.科学研究費補助金(基板研究(C)),研究期間: 2016年- 2018年,代表者: 土井淳.
の実績がある.この(5)では日本各地の,発電方式,蓄電の試み,地域に限定されたシステム,電力ネットワークに関わる部門,利用面(省エネ部門での試 み)の現地調査をおこなってきた.この実績は欧州の再エネに関する現地調査に活かすことができる.

●研究分担者のこれまでの研究活動
 たとえば工学教育に関し
技術者倫理教育に関する調査と考察-アンケート諸意見への回答.川北晃司,河村豊,浅野敬一,木村南,庄司良,『高専教育』(32),231-236, 2009年.
など工学教育の研究実績がある.
 同時に電力・エネルギーの研究者だけではなく,次の様な研究分野の人材をそろえている.
◆河村 豊:
 科学技術史,技術者倫理の研究者.
 たとえば
 ○電子技術史を事例にした占領期日本における軍民両用科学技術に関する歴史的分析.科学研究費補助金(基盤研究(C)),研究期間: 2014年-2017年,代表者: 河村豊.
◆永吉 浩:
 半導体・太陽光パネルの研究者.理科教育にも携わる.
 たとえば
 ○水素ラジカルによる選択エッチングの研究.科学研究費補助金(奨励研究(A)),研究期間:1994年,代表者: 永吉浩.
◆寺本 尚史:
 建築構造学を専門とするが、建築系教員として学内のエネルギー使用状況の調査を行った経験を有する研究者.
 たとえば
 ○サブストラクチャ・オンライン実験による全体曲げRC造ピロティ建築物の耐震性能評価.科学研究費補助金(基盤研究(C)),研究期間: 2012年–2015年.代表者:寺本尚史.
 ○秋田高専におけるエネルギー使用状況に関する検討,寺本尚史,福田太一郎,三浦悠輔,井上誠,増田修平,野澤正和,秋田工業高等専門学校研究紀要,第 50号,2015年.
◆木村 竜士:
 建築環境工学を専門とし,建物のエネルギー負荷計算に関する知見を持つ研究者.
 たとえば
 ○Academic Activities and Teaching Methods in university classroom in the United States.木村竜士,Transactions of ISATE 2015,pp134-137,2015年.
 ○再生可能エネルギーのすべて(著書).木村竜士 (共著),工業調査会,2010年.
◆池田 陽紀:
 雷保護,風力発電に関する研究者.近年は集落における小水力発電も.
 たとえば
 ○風力発電タワー雷サージ特性を全時間領域で表現可能な理論的回路解析モデルの開発.科学研究費補助金(若手研究) ,研究期間: 2018年–2020年.代表者:池田陽紀.

 以上の様に,高専という全国に広がる「プラットフォーム」を活かし,様々な研究分野を持ちつつ工学教育にかかわる多彩な人材を集結しており,かつ,それぞれ科研費を得たり,再エネに関する著書を執筆したりするなど,工学教育に関する研究遂行能力を裏付ける研究実績がある.これらの知見を集約することによ り,研究は完遂できる.



最終更新日 2019年11月15日
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